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【レポート】鞆の津ミュージアム「原子の現場」展

◎ 鞆の津アートツアーに行ってきました!

 

 

7月2日(日)に、HAP倶楽部会員ツアーとして、鞆の浦にある鞆の津ミュージアムに伺いました。鞆の津ミュージアムでは、学芸員の津口在五さんが展示案内をしてくださり、その後、『崖の上のポニョ』の舞台となった鞆の浦の町並みを共に散策してくださいました。当日は天気も良く、鞆の浦の空気はとても澄んでいて、たいへん気持ちの良い日でした。

 

以下に、「原子の現場」展で学んだこと、感じたことをレポートとして記載しました。

 

 

 

 

鞆の津ミュージアム「原子の現場」展レポート

 

文:竹内麻理絵(ギャラリーGスタッフ)

 

 

2017年5月3日より、鞆の津ミュージアムにて「原子の現場」展が開催されている。同ミュージアムの学芸員である津口さんは「現場性」をどうやって伝えるかがこの展覧会のテーマのひとつであると語ってくれた。

 

「現場性」とは、ある事象を体験した者だけが有する特権的なものだ。故に、「現場性」を持たない者は大凡その事象についての知識を語ることになるだろう。本展は、原爆や戦争という尋常ではない出来事の体験者だけに与えられたこの特権的性質に、非体験者がいかにして触れられるかという問いの答えを探るための場所であるように思えた。そして、その答えの探り方は、出展作家によって作品を通じて示されていたのだった。

 

ボーダレスアートスペースHAP出身の大江泰喜は、現在十代である。ある時から、原爆ドームをモチーフにした作品を立体から平面に至るまで創り続けている。彼が制作のモチーフにしている原爆ドームは、広島に投下された原子爆弾の惨禍を今に伝える被爆建造物であり、原爆投下当時は広島県産業奨励館として広島県の様々な物産を展示するためのものであった。彼がモチーフにこの建造物を採択し、多数の作品を生み出すことに関して想像できるのは、彼自身が体験者か非体験者であるかに関わらず、広島に起きた事実に関心を抱き、意欲的に理解しようとしている事である。ダンボールひとつひとつを建物の一部にしていく作業は、彼なりの「現場性」に対する触れ方ではないだろうか。十代といえば、福山工業高校の計算技術研究部のメンバーもそうである。本作は、原爆投下時における司令部の様子を実際の証言に基づいてCGで再現した映像作品であり、証言者から聞き取った内容だけでなく、細かな体の動きまで反映しているというので驚きだ。彼らは、制作のために証言者である岡ヨシエ氏と密に関わることで「現場性」に触れようとした。さらに、彼らは自らが触れた「現場性」を再構成して、私たちに与えようと試みている。作品からは、その熱心な調査が背景にあることから、この上なく正確な「現場性」を伝えようとしている姿勢が窺える。

 

制作を通して、特権的性質である「現場性」に触れようとする者、「現場性」を伝えようとする者が居る一方で、自らが元々持っている「現場性」に再度触れようとする者も居る。岡田黎子さんは、毒ガス島として知られる大久野島で働いていた経験を持つ女性だ。彼女は、旧制高等女学校二年生の時に学徒動員され、気球に爆弾をつけて飛ばす「風船爆弾」の気球部分の製造作業などにたずさわっていた。戦後、美術教師となったが、その労働がたとえ強制的であったとはいえ、自らの加害性を胸に刻み、戦争の証言活動の一環として制作を始めたという。前者の二人と違い「現場性」を有している彼女が、自らの加害性を、作品を通して表現し伝えるという行為は、見る者にそれを訴えるだけではなく、まるで彼女自身が「現場性」を再度確認している行為のように感じられた。「責任を引き受けないとずっと同じことが起きる。」津口さんから伝えられた彼女のこの言葉には、心中に内在する加害性と向き合う気持ちと、未来への前向きな想いが複雑に入り交じっているのだろうと思った。

 

前記した以外の作家も同様に、皆「現場性」という特権的な性質を、自戒や希望等それぞれの想いを胸に、私たちに必死に伝えようと試みている。その方法は、表現行為を通してのものであり、絵画の線の一本から、あるいは版画のインクの一滴から、あるいはダンボールの欠片から、あるいは映像の一部から、ひしひしと伝わってくるのである。